メンタルヘルスに関する労務問題

1 社員に異常な言動がみられるようになった場合
ある社員に異常な言動が見られるようになり、その異常な言動が懲罰事由に該当し得る非違行為だとしても、当該社員に精神的不調が疑われる場合は、いきなり懲戒処分を検討するのではなく、まずは、非違行為が何らかの疾病に起因していないかを確認する必要があります。この点についてきちんと調査せずに懲戒をすると、懲戒事由を欠くとして懲戒処分が無効になるおそれがあります(最判平成24年4月27日)。
社員の言動が疾病に起因するか否かを見極めるためには、医学的見解を取得する必要がありますので、まずは本人と面談し任意の受診を勧めることになります。
本人と面談する際は、何らかの疾病に罹患していると決めつけるような言動は厳に慎み、「Aさんらしくない言動が最近みられますが、何か心配などないですか。産業医の先生が定期的に来社しているので、1度相談してみてはどうですか。」などとやんわりと産業医との面談を勧め、必要に応じて産業医から専門医の受診を更に勧めてもらうとよいです。
ただ、メンタルヘルスは非常にセンシティブな問題なので、メンタル関係の受診を嫌がる方も多いです。
そこで、任意に受診してくれないときは、受診命令を出すことを検討することになります。判例上、就業規則に受診命令を認める根拠があってもなくても、合理的かつ相当な理由があれば、業務命令として受診を命じることができるとされていますので(最判昭和61年3月13日、東京高裁昭和61年11月13日)、疾病に罹患している合理的疑いが相当程度あれば、受診命令を出すことができます。なお、業務命令として受診させる以上、受診に要する時間も労働時間となります。
受診の結果、疾病に罹患していることが判明した場合は、今後の就労の可否に関する医師の見解を記載した診断書の提出を求めるようにします。
そして、会社は、診断結果等を踏まえて、適切な就業上の措置(労働時間の短縮、配置転換、休職等)を講じる必要があります。
2 復職に際しての留意点
(1)復職の可否の判断権者は会社のため、会社は、復職の可否の判断を適切に行うために、当該社員の病状に関する情報を収集し、健康状態を把握する必要があります。
そのため、会社は、必要に応じて、社員の健康状態等について主治医に問い合わせるべきです。具体的には、病名、回復状況、今後の治療予定、遂行可能な職務内容、業務に復帰するに当たっての条件などを問い合わせることになります。
この点、主治医ではなく産業医から意見を求めればそれで十分ではないか、というとそうではありません。といいますのも、産業医は会社の業務に詳しいですが、休職中の社員の症状については詳しくなく、休職中の社員の症状を最も把握してるのは主治医だからです。
(2)主治医に問い合わせる際は、「情報提供依頼書」に質問事項を列挙し主治医に交付します。情報提供依頼書の書式は、厚生労働省作成の「心の健康問題により休業した労働者の職場復帰支援の手引き」の様式例1を参考にすることがオススメです。
なお、問合せの際は、主治医は会社の業務に詳しくないことが多いので、会社の職務内容や職場で必要な能力等について、主治医に情報提供しておくとよいです。
(3)もっとも、社員の健康状態に関する事項はプライバシーに係る事項ですので、主治医は、社員の同意がない限り情報提供依頼書に回答しないことがほとんどです。
そのため、会社としては、主治医に問合せる前に、情報の利用目的を明らかにした上で、社員(あるいはその家族)の同意を得ておく必要があります。具体的には、社員から、情報提供同意書にサインしてもらうようにします。
では、社員が情報提供同意書にサインしてくれない場合は、どのようにすればよいでしょうか。
同意書がない以上、主治医から社員の回復の程度等を聞けないことになるところ、治癒したことを立証する責任は社員にありますので、会社としては、治癒したことが立証されておらず休職事由が消滅していないとして、休職期間満了を理由に自動退職(あるいは解雇)として扱うことが一つの帰結となります。
しかし、解雇権濫用法理は、休職期間満了による自動退職の場合にも類推適用されるので、安易に自動退職と扱うと無効になってしまうことに注意する必要があります。
そこで、会社としては、やるべきことをやった上で自動退職(あるいは解雇)と扱う必要があります。また、紛争になった場合を想定して、やるべきことをやったことということは、きちん記録として残しておくことが肝要です。具体的には、主治医に対し、情報提供依頼書や質問状などを送り、それでも主治医から回答がなかったことを記録しておくことに加え、社員の同意を得るべく説得に努めて、その交渉の経過も記録しておくことが重要です。
3 休職期間満了時点で完全に回復していない場合について
休職期間満了があと数日に迫っている社員から、「あと2~3か月で治るので復職させてください。」との申出がなされ、主治医の診断書にも同旨の記載がある場合、休職期間満了時点で従前の職務を通常程度に行うほど回復していないからといって、当然に自動退職扱いとすることには慎重になる必要があります。
その理由は、「当該従業員の職種に限定がなく、他の軽易な職務であれば従事することができ、当該軽易な職務へ配置転換することが現実的に可能であったり、当初は軽易な職務に就かせれば、程なく従前の職務も通常に行うことができると予測できるといった場合には、復職を認めるのが相当である」としている裁判例(東京地判平成16年3月26日)もあるとおり、近似の裁判例では、職種や職務内容が限定されていない社員について、休職期間満了時点では従前の職務を遂行することはまだできないとしても、他に配置可能な業務がある場合には、休職期間満了による自動退職が無効になるおそれがあるからです。
そこで、会社としては、主治医に対して、あと2~3か月で従前の職務を遂行できると診断した根拠を照会するなどした上で、慎重に復職の可否を判断する必要があります。
なお、裁判例が前提としているのは、配置可能な職務が存在している場合ですので、そのような職務が存在していない場合は、前提を欠くことになります。そのような場合に、配置可能な業務を新たに作り出す義務までは会社は負わないと解されます。
4 労災申請がされた場合の留意点
業務に起因して精神疾患になったとして、労災申請がなされることもよくあります。
このとき、当該社員から、労災申請書に事業者証明印を押印するよう求められる場合がありますが、押印すると使用者として申請書の内容が正しいことを認めることになってしまうので、申請書の内容に異論がある場合は押印してはいけません。
事業者証明印がなくても労災申請は受理されますので、その旨を社員に説明すれば足ります。
なお、労災の支給決定がなされてしまってからだと、もはや使用者は労災決定に不服申立てをすることができませんので、業務起因性の有無等について使用者として意見がある場合には、労災手続中に意見を申し出る必要があります(労災保険規則23条の2)。