不祥事対応について

今回は不祥事対応をテーマにさせていただきます。
1 不祥事対応の重要性
「一つの予防は百の治療に勝る。」といいます。対処療法的に不祥事発生後に事後的に対処してばかりだと、問題を抜本的に解決しようという視点が失われがちですし、コストも高くつきますので、対処療法的な姿勢よりも、予防的な姿勢で不祥事予防に取り組むべきと考えます。
ただ、どんなに予防していても発生するときは発生してしまうのが不祥事です。
ですので、不祥事を、「あってはならないもの」と遠ざけるのではなく、「必ず起きるもの」と捉えて正面から向きあい、予防策を講じるとともに、発生した際に適切に対処することが必要です。
昨今、企業は利益の最大化を目指すだけでなく、社会的責任(CSR)も果たすべきとされ、ステークホルダーの利害に配慮しつつ、法令を遵守するとともに、説明責任も果たすべきとされています。
そこで、企業が行うべき不祥事に対する適切な対処とは、不祥事を把握したら必要十分な調査を速やかに行い、事実関係や原因を解明し、実効的な再発防止策を講じることで、自浄作用を発揮し、かつ、その上で、社内外への説明責任を果たすことで、ステークホルダーからの信頼回復と企業価値の再生が図ることです。
ボヤ程度の火事が鎮火作業の不手際で大火事になるように、不祥事自体はそれほど大きくないにもかかわらず、その後の対応が不適切だったために問題が大きくなることは珍しくありません。不祥事を起こした企業に対する批判の強弱や、不祥事に伴う信用毀損の程度は、不祥事の内容それ自体ばかりでなく、不祥事に対する企業の対応の適否によっても大きく左右されますので、不祥事に対する対応を適切に行うことは極めて重要です。
なお、怪我の本格的治療をする前に、まずは取り急ぎ出血を止める必要があるのと同様に、不祥事を把握した場合、まず行うべきことの一つは、不祥事が現在も進行中なのか、過去のことなのかを調査し、現在進行中の場合は、被害が更に拡大することを防止する措置を講じることです。
2 不祥事の原因究明の際は、個人的要因にとどまらず、組織的要因まで原因解明する
不祥事が発生した場合、何故そのような不祥事が発生したのか、原因を解明する必要があります。原因解明しない限り、再発防止策を講じることができないからです。
そして、不祥事の原因解明をする際に留意すべきことは、個人的要因にとどまらず、組織的要因まで解明する必要があるということです。
つまり、個人に不祥事の原因があったとして、問題を矮小化してはならないということです。不祥事の原因を個人に矮小化すると、再発防止策も表面的なものになってしまいます。一見すると個人的要因で不祥事が発生したかのように見えるケースでも、背景には組織に原因があることが多いので、組織的要因まで解明することで、実効性のある再発防止策を講じることができます。
再発防止策としてよく挙がる対策の一つが、「研修をして現場のコンプラ意識を高める。」というものです。
もちろん、研修をして意識改革をすることも、再発防止に必要です。
しかし、現場の個々人の意識改革だけでは再発防止策としては不十分です。不祥事の発生を防ぐ客観的な仕組み作りが必要です。なぜなら、現場は同調圧力に晒されていますので、不祥事の原因が組織的要因にある場合、現場に対して「コンプライアンスの意識を高めなさい。」というだけでは根本的な解決にならないからです。不祥事の根本的要因が組織にある場合、個人の力では克服できません。
そこで、実効的な不祥事対策をするには、意識改革という主観的な対策だけでなく、不正をやりたくてもできない、不正をすると発覚してしまう、という客観的な仕組みを整備することが必要です。
また、再発防止策は、単に掲げるだけでは不十分で、きちんと定着しているか定期的に効果測定していくことが必須です。
3 不正のトライアングル仮説
不祥事の発生原因を究明する際に役立つ仮説があります。アメリカの犯罪学者のクレッシーが唱えた、「不正のトライアングル仮説」という仮説です。
この仮説の内容は、
1)動機(不正を実行する動機。個人的要因)
2)正当化(不正を正当化する主観的状況。個人的要因)
3)機会(不正をする客観的機会があること。組織的要因)
の3つが揃ったときに不正が発生するというものです。
不祥事発生の原因を究明するときは、上記3点毎に発生原因を整理すると理解しやすいことが多いので、是非参考にしていただければと思います。
4 ヒアリングの手法や留意点について
(1)把握している証拠はすぐに開示しない
不祥事当事者にヒアリングするときは、相手に「全てバレているのでは。」と思わせることができれば最善です。
そこで、既に把握している事実や証拠を、断片的に、かつ、少しだけ開示しながらヒアリングしていくとよいです。1度に全部開示してしまうと、こちらがどこまで事実や証拠を把握しているかを相手に察知されてしまうので、避けるべきです。
また、「何の根拠もなくこんなことを聞いていると思いますか?」などと聞いて、揺さぶってみる方法もあります。
一番下手なやり方は、証拠を全部いきなり突きつけることです。本当は把握している以外に不祥事や証拠があるかもしれないのに、手の内を見せてしまうことによって、それ以上の情報を聞き出すことはほぼ期待できなくなるからです。
(2)敢えて漠然とした質問をしてみる
「今日、このようにヒアリングすることになったことについて、心当たりはありますか?」という風に、敢えて漠然とした質問を相手に投げかけることも有効です。
ただし、全くテーマを絞らずに聞くと、相手もわけが分らず効果が薄いときがあるので、テーマはある程度絞る必要があります。例えば、「履歴書の記載について、少し気になることがあるのですが、心当たりはありますか?」のように聞きます。
敢えて漠然とした質問をすることで、思いがけない供述を得られたりすることがあります。
(3)垂直に深掘り質問をしていく
不祥事当事者は、ヒアリングの際、防衛本能から余計なことをしゃべらないように気を付けているため、基本的に質問されたことにしか回答しないのが通常です。
したがって、まずオープンクエスチョンで聞いて、その回答の詳細を、5W1Hを意識して更に詳細を深掘り質問していく必要があります。イメージとしては、一つの質問をして、回答を受けたら、そのテーマから逸れずに垂直に質問を深掘っていく感じです。一つ質問して、すぐに別のテーマに移るような横滑りしていく水平の質問では事実関係が解明できません。
(4)弁解は遮らない
ヒアリング対象者が不合理な弁解やこちらが把握している証拠と異なる供述をしてくることがあります。こういうとき、ついつい供述を遮って、不合理であることや証拠と異なることを指摘したくなりがちですが、まずは、遮ることなく弁解を全部聞くことが肝要です。弁解が多いほど、矛盾が生じやすいですし、弁解を覆す証拠の収集も容易になるからです。
なお、ひととおり聞いた後で、不合理な点を指摘したり、証拠を突きつけたりして、その点についての釈明を求めることは有用です。そのときも、「勘違いでした。」とか「そういう趣旨ではないです。」などと言い逃れされることを防ぐために、いきなり指摘するのではなく、まずは、「今仰ったことはこれこれという意味でよろしいですか?」、「絶対間違いないですか?」などと聞いて相手の言い分を固めてから指摘する方法もあります。
(5)裏付けのある手堅い項目から聞いていく
ヒアリングを実施する前に、被疑事実に関する証拠は全て収集しておくのが理想ですが、何らかの事情で収集できなかったり、そもそも客観的証拠が存在しないこともあります。
そういうときは、客観的裏付けのある項目から聞いていくとよいです。そうすれば、相手がその項目について嘘の弁明をしても、証拠を提示して潰すことができ、それにより、相手に「嘘は通じない。」と思わせ、客観的裏付けのない項目に及んだときに正直に答える公算が高まるからです。
(6)私物の提出を求めるとき
証拠として私物などを提出してもらいたい時は、相手の同意を得る必要がありますが、提出を渋ることも想定されます。
提出を渋ってきたときは、「疑惑を晴らすために提出した方がよいのではないですか。」などと言って、提出することがむしろ相手の利益になることを説明しつつ説得を試みることになります。
なお、「提出を強制された。」と後々言われないように、説得する際の言葉には気を付ける必要があります。
説得しても提出に応じない場合は、その状況を報告書などできちんと記録しておくことが重要です。説得したにもかかわらず提出に応じないという事実自体が、一つの判断材料となります。
5 不祥事当事者が退職申出をしてきた場合の対応
不祥事の社内調査を実施している最中で、まだ事案解明が済んでいない時点で、不祥事当事者が、処分を免れるために退職の申出をしてくることがあります。
こういう場合、どのように対応すべきか問題となります。
従業員が退職の意思表示をした場合、その意思表示は法的には
1)合意解約の申込みの意思表示(退職の効力が発生するには会社の同意が必要)
2)一方的な退職の意思表示(会社の同意にかかわらず2週間後に退職の効力発生)
の2種類に分類されます。
前者の場合は、退職には企業の合意が必要ですので、企業が承諾しなければ退職は認められません。ですので、企業としては、承諾していないことを明確にし、かつ、そのことを証拠に残しておきます。実務上の対応としては、退職願を受領しないことや、口頭でなされた場合は、受諾していないことを明確にした上で、そのことを記録に残しておくことが考えられます。
他方、後者の場合は、企業の承諾の有無にかかわらず、2週間の経過で退職となります。そこで、実務上の対応としては、従業員に対し退職の撤回を促すことになります。
そして、従業員が退職を撤回しない場合は、2週間後に雇用契約が終了することを前提にせざるを得ません。その場合、可能な限り調査を速やかに進め、2週間以内に企業としての結論を出し、懲戒処分等の措置を取ることを目指すことになります。懲戒処分を行うに足りるだけの事実が解明されていないにもかかわらず無理をして懲戒処分を行うと、不祥事当事者から懲戒処分の効力を争われた場合、当該処分は無効とされ、更には不法行為に当たり損害賠償義務を負うおそれもあるため、懲戒処分をするに足りる事実が解明されているかの判断は慎重に行うべきです。
上記のとおり、退職の申し出が、合意解約の申し込みが、一方的な解約の意思表示であるかによって、企業対応は大きく異なりますが、実務では、従業員がいずれの意思で退職の申し出をしているのか明らかでない場合があるため、慎重に対応する必要があります。
以上