問題社員とのトラブル解決方法(合意退職による解決)

1 はじめに
(1)今回は、問題社員とのトラブルを解決する方法の一つとして、合意退職による解決方法をご紹介いたします。
まず、大前提として、合意退職による問題解決は、会社が注意指導を重ねてそれでもなお改善が見られない場合の最終手段ということです。社員に多少問題があるからといって、指導をすることもなく安易に辞めさせるような会社では人は育ちませんし、他の社員からの理解を得ることができず、社員全体から信頼されない会社になってしまいます。また、社員が離職することによって、退職コスト(退職に要する諸々のコスト)、採用コスト(別の人を採用しなければならないコスト)、教育コスト(今までの教育が無駄になるコスト)をはじめとする様々なコストも発生してしまいます。
したがって、会社は、安易に社員を解雇したり、合意退職を促したりするのではなく、まずは、問題が改善することを期して、適切な指導をするべきです。
ここで、本稿のテーマから少し脱線しますが、指導するに当たっての留意点を3つご紹介いたします。
第1に、問題点や改善点を伝えるときは、「ここがダメだった。」という伝え方よりも、「ここが期待に届いていなかった。」という伝え方の方がマイルドで、注意を受ける側も素直に受け止められるだろうと個人的には考えております。どのように伝えるかは、些細なことですが、その些細な違いで社員に与える感銘力は全く異なってくるのではないかと思います。
第2に、指導する際は、曖昧に指導するのではなく、「何を(課題)」、「どのような方法でやるか」について、具体的かつ明確に伝えることが重要です。加えて、「何をどのような方法でやるか」を具体的かつ明確に伝えるだけでなく、「理由」もきちんと伝えるとよりよいと考えます。理由まできちんと伝えることで理解が深まり、自分で工夫ができるようになるからです。理由が分からないと、指示以外のことをできるようになりません。「何故その課題をやるのか」、「何故そのやり方でやるのか」、ということまで伝えることで成長に繋がっていくのではないかと思います。
第3に、課題設定をするときは、SMARTの原則を意識することがおすすめです。SMARTの原則とは、5つの要素の頭文字を取った原則で、その5つの要素とは、1)具体的であること(Specific)、2)数字などで測定可能であること(Measurable)、3)達成可能であること(Attainable)、4)成果に基づいていること(Result-based)、5)期限が明確であること(Time-oriented)です。
(2)本題に戻ります。安易に社員を離職させるべきでないのが原則ですが、とはいえ、いつまでも改善が見られない問題社員を漫然と会社に長く留めておいてしまうと、会社の生産性やモラルを著しく損ねます。
したがって、そのような改善の見られない問題社員に対しては、適切な対処をする必要があります。その対処のうち究極の手段が離職です。
会社が従業員を離職させる方法としては、大まかに分類すれば、1)一方的な解雇か、2)話合いによる合意退職に分類できますが、本稿の趣旨は、できるだけ話合いによる合意退職という手段をとるべきというものです。以下、その理由をご説明します。
2 一方的な解雇を避けて話合いによる合意退職を目指すべき理由
一方的な解雇を避けて話合いによる合意退職を目指すべき理由を端的にいえば、解雇よりも合意による退職を実現する方が、会社の紛争コストを最小化できるからです。
解雇は、問題社員の意向にかかわらず、会社が一方的に通知するものですので、法的紛争に発展しやすいです。
そして、解雇に踏み切った結果として問題社員が裁判で争ってきた場合、会社側には以下の3つの懸念点があります。
1)そもそも解雇は会社の敗訴リスクが大きい
2)裁判で敗訴した場合の会社のダメージが大きい(多額の金銭の支払に加え雇用の継続が命じられる)
3)裁判には費用や労力など多くのコストが発生する
いつまでも改善が見られないような悪質な問題社員は、解雇されれば高い確率で会社を相手として訴訟起こしてくることを想定しておくべきです。特に、最近はネットで色々な情報が簡単に入手できますので、裁判に限らず労働局のあっせんや合同労組への加入など、解雇問題は法的紛争に発展しやすくなっているといえます。
上記のとおり、解雇は法的紛争に発展しやすく、かつ、法的紛争になったときは会社に多大なコストが発生するわけですが、他方、話合いによる合意退職の場合は、問題社員との合意の上での退職ですので、紛争に発展する可能性がそもそも低いといえます。
こういった理由で、改善の見られない社員に対しては、話合いによる合意退職を実現するべきと考えます。
次に、話合いによる合意退職を成功させるために配慮すべき点をご紹介いたします。
3 話合いによる合意退職を成功させるために配慮すべき点
(1)話合いによる合意退職を成功させる上で最も大切なことは、問題社員に対し、自分が職場の要求水準を満たしていないことをはっきりと認識・理解させることです。
といいますのも、問題社員は、自身に問題があるとそもそも認識していなかったり、あるいは大した問題ではないと問題を過小に認識していることがあり、そのような認識の状態のままで会社が退職を勧奨しても、問題社員からすれば、退職をしなければならない程の理由がわからず、話し合いがうまく進まないからです。
問題社員の自己認識の歪みを修正させないままいきなり退職勧奨をしても、自己認識が歪んでいる問題社員からすれば、突然の退職勧奨はいわば青天の霹靂ですので、退職に向けた話し合いは難航するわけです。
そこで、会社としては、退職勧奨の前提として、問題社員の自己認識を改めさせ、職場のメンバーとして不適格であることを気づかせ、職場にマッチしていないことを理解させることが必要となります。その一つの方法が、1~2か月ほどの短期間で構わないので、毎日の業務日報を義務づけたり、2週間に1回は面談を行うといった密度の濃い指導を実施することです。
(2)退職勧奨の話合いをする際は、問題社員を一方的に攻撃するような話し方はせず、また、批判的な内容もできるだけ避けるべきです。あくまでも、「会社や仕事内容に合っていない。」というミスマッチの観点で話すことがポイントです。
問題点をあげつらうような話し方をすると、相手も感情的になり、合意が遠のいてしまいます。労働問題が拗れる原因の多くは感情の拗れです。労働問題を適切に解決するには、感情を軽視してはいけません。問題社員とはいえ、その立場や感情に配慮することが重要です。「長年勤めてもらったのに残念ですが、今回の事は許されることではないので、けじめをつけるためにも退職してほしいです。」、「他社であなたの能力を生かせる場所は必ずあると思いますが、うちの会社はあなたには合わないので、退職していただきたい。」というような相手を一方的に攻撃しない話し方で説得していく必要があります。
(3)退職に向けて話し合い進めるときに特に注意しなければならない点は、退職強要にならないようにすることです。退職強要に当たると合意退職は無効となってしまうからです。退職強要と評価されないようにするための注意点は、以下の3つです。
【注意点1】
実務上ついつい言ってしまいがちなのですが、「退職に応じない場合は解雇する。」とは言ってはいけません。この発言は、退職強要と評価される典型的なものです。いったんは合意退職に至ったと思いきや、後々、退職の合意は強要によるもので無効だとして訴訟を起こされることがよくありますので、注意が必要です。
退職勧奨の話合いにて、問題社員から、「これは解雇ですか?」と質問された場合は、「会社都合の退職扱いとしたいと考えており、解雇ではありません。」とはっきり回答するべきです。今の時代、簡単に録音できますので、こういったセンシティブな話をするときは、相手は必ず録音をしていると考えておくべきです。
【注意点2】
退職を目的とした嫌がらせとして配置転換や仕事の取り上げをしてはいけません。こういった配置転換や仕事の取り上げはパワハラに当たり、退職強要にも該当します。
業務上のミスが多かったり、その職場のメンバーと協調できない場合、配置転換や仕事の変更をしなければならないことは当然ありますが、そういった場合に、退職に追い込むための嫌がらせの配置転換や仕事の変更であると受け止められないように、なぜ配置転換や仕事内容の変更を行うのかについて、合理的な説明を十分に行うことが重要です。
【注意点3】
執拗な退職勧奨はしてはいけません。1回当たりの面談時間、退職勧奨の回数、退職勧奨の頻度を合理的な範囲にとどめる必要があります。例えば、1回当たりの面談時間は、30分から1時間程度に留めるのが無難です。
退職勧奨を何度もやれば相手が納得したり折れるというものではないです。退職勧奨の反応がよくなかった場合、漫然と退職勧奨を繰り返すのではなく、まずは問題社員の自己認識の歪みを改めさせる努力をした上で、それから改めて退職勧奨をするべきです。
(4)話合いによって問題社員が合意退職に応じて退職届を提出した場合でも、安心するのはまだ早いです。問題社員が翻意して退職する旨の意思表示を撤回してしまう可能性もありますので、使用者は速やかに退職の意思表示を承諾することが重要です(使用者が承諾した後は、労働者は退職の意思表示を撤回できません。)。
会社が退職を承諾するに当たっては、就業規則の規定に注意する必要があります。就業規則で退職承認権限者が規定されているときは、その権限者が退職の意思表示を承諾する必要があるからです。例えば、就業規則にて、承認権限者が代表取締役社長となっている場合、所属の上司が退職の意思表示を承諾しただけでは、その承諾はまだ有効ではなく、退職の意思表示が撤回されてしまう余地があります。
なお、会社が退職の意思表示を承諾する方法については、口頭による方法ですと、言った言わないの水掛け論になるおそれがありますので、書面やメールで承諾を通知する方法などの客観的な方法で行うべきです。