災害時の労務対応について

1 はじめに
令和になってから、日本列島は度々自然災害に見舞われました。台風19号をはじめとする台風による被害は特に記憶に新しいかと思います。自然災害には、台風のように事前に発生が予測できるものもあれば、地震のように予見が困難なものもありますが、いずれにしましても、日本は自然災害が多い国ですので、自然災害は必ず発生するという前提で、予防策を講じておくことが重要かと思います。
自然災害によって、建物の倒壊、高架橋等の倒壊・落橋、上下水道・ガスといったライフラインの寸断、停電・電力不足などインフラ機能が不全となることで、企業の事業継続が危ぶまれる事態に発展することもあり得ます。
そこで、企業としては、自然災害が発生した場合であっても、社員の安全を確保し、事業を継続することができるよう、リスクマネジメントに基づく計画や対策を講じておく必要があります。
災害時という緊急事態であっても、労働基準法をはじめとする各種労働法令の適用を受けますので、緊急事態だからといって、それらの法令を無視した対応を行うことはできません。
そこで、今回は、自然災害が発生した際の労務管理のあり方等について、これから何号かにわたって述べさせていただきます。
2 自然災害時における時間外労働や休日労働について
平時の際は、社員に時間外労働や休日労働を命ずる場合、前提として36協定を締結している必要があります(労基法36条1項)。
しかし、「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」においては、例外的に、行政官庁の許可を受けて、その必要の限度において、36協定がなくとも、時間労働や休日労働を行わせることができます(労基法33条1項)(なお、ここでいう「行政官庁の許可」とは、所轄労働基準監督署長の事前許可が原則ですが、事態急迫の場合は、例外的に、事後に遅滞なく届け出れば差し支えないとされています。)。
そして、「災害その他避けることのできない事由によって、臨時の必要がある場合」には、現実に災害が発生した場合だけでなく、「災害発生が客観的に予見される場合」も含まれることになっています(昭33.2.13 基発90)。
なお、労基法33条の許可基準に基づく場合であっても、時間外労働、休日労働、深夜労働についての割増賃金の支払は必要です。
3 待機命令について
(1)会社に待機させる場合
自然災害が発生した場合、安否連絡や緊急連絡に備えて、一部の社員を会社内に待機させることがあります。この待機時間は、基本的に、本務に従事するわけではなく、労務提供する時間は限られ、何もしていない時間の方が多いことが通常かと思います。
では、このような待機時間は、使用者の指揮命令下に置かれた時間、つまり労働時間に当たるのでしょうか?
この点、最高裁(大星ビル管理事件)は、「不活動仮眠時間において、労働者が実作業に従事していないというだけでは、使用者の指揮命令下から離脱しているということはできず、当該時間に労働者が労働から離れることを保障されていて初めて、労働者が使用者の指揮命令下に置かれていないものと評価することができる。」と判示し、不活動仮眠時間が労働時間に当たると認定しました。
この判例の考え方からすると、安否連絡や緊急連絡に備えて会社で待機している時間は、特段の業務を行っていなかったとしても、労働から解放されているとはいえず、原則として労働時間に当たると解されると思われます。
そして、労働時間に当たる以上、当該待機時間には賃金の支払い義務が発生しますので、あらかじめ、自然災害等の待機時間には「緊急待機手当」など一定の手当を支払う旨の定めをおくなどの対応が考えられます。
(2)自宅に待機させる場合
会社で待機させるのではなく、安否確認や緊急連絡に備えて自宅で待機してもらうこともあります。自宅待機といっても、完全に自由なわけではなく、連絡を待つ立場ですから、外出や飲酒などを控えなければならないといった一定の制約が課されることになります。
このような、呼び出しに備えて自宅で待機し、昼夜問わず緊急で業務が発生した場合に勤務につく形態は、「オン・コール」と呼ばれ、医療・介護業界などではよくある勤務形態です。「オン・コール」中は、実労働に就くわけではないものの、外出や飲酒が制限されることが多く、いつ呼び出されるかわからない緊張感を伴うなどの精神的負担感が生じます。
では、このような自宅待機の場合も、待機している時間は使用者の指揮命令下に置かれているとして、労働時間として取り扱われるのでしょうか?
この点、参考となる裁判例(県立奈良病院事件)として、病院の産婦人科医師らが宿日直勤務及び宅直勤務分の割増賃金を請求した事案では、宿日直勤務については割増賃金請求を認め、宅直勤務については割増賃金請求を認めませんでした。
これにより、病院医師による宿日直勤務は基本的に通常の労働時間として割増賃金の支払いを要することとなったものの、他方で、宅直勤務(オン・コール)は基本的に労働時間に当たらないことが明確になりました。
したがって、自然災害時の自宅待機時間も、原則として労働時間には当たらないと解することができますが、自宅待機による制約の度合いによっては、労働時間とみなされる可能性もありますので、結局は個別具体的な判断に委ねられることになります。
以上