社員のメンタル問題に対する労務管理

1 はじめに
コロナ禍がなかなか収束しないため、感染不安や経済の先行きに対する不透明感によるメンタル不調、いわゆるコロナうつやコロナ不安に罹る人が増えているそうです。
そのようなわけで、今回は、社員のメンタル問題に関する人事労務について、述べさせていただきます。
2 本人に病識はないが精神疾患の発症が疑われる社員に対する対応について
(1)ある社員が以前はしなかった異常な言動を突然するようになることで、メンタル不調に陥ったことが露見することがあります。そのような場合、使用者は、どのように対応すべきなのでしょうか。
ある社員の異常な言動により職場に悪影響が生じている場合、その異常な言動が精神疾患に起因するものか否かによって、使用者としての対応は異なります。
まず、異常な言動が精神疾患に起因するのであれば、必要なことは本人の治療ですので、使用者としては、休養を取らせたり、適切な治療を受けるよう勧めたり、 業務軽減したりといった措置を検討することが必要です。
他方、異常な言動が精神疾患と無関係であれば、通常の社員に対するのと同様に、注意・指導等を行い、改善を求めることになります。
しかし、そもそも、異常な言動が精神疾患に起因するものか否かを判断するためには専門医の診断が必要ですので、使用者としては、まず、異常な言動が見られる社員に対して、異常な言動の原因を特定すべく、専門医への受診を勧めるべきです。
もっとも、専門医への受診を勧める際は、本人の心情に配慮するべきです。使用者としては、精神疾患に罹患していると断定して受診を勧めるのではなく、職場での異常な言動を客観的に指摘した上で、「会社としても心配なので、専門医の診断を受けてはどうか。」といった形でやんわりと受診を勧めることが適切と思います。
(2)受診しようとしない社員に対して使用者として取るべき措置
ア 使用者が丁寧に受診を勧めたにもかかわらず、本人が頑なに病識を否定し、専門医への受診を拒否するケースもあります。
そのような場合、受診を任意に勧めても応じない以上、次の段階として受診命令の発令を検討する必要があります。
受診命令を発令する準備として、使用者は、職場における本人の異常の言動について、できるだけ具体的に 5W1Hを特定した報告書を作成して、異常な言動を証拠化し、その上で産業医に本人の異常な言動等について説明し、受診命令を出すことの当否についての産業医の見解を求めることになります。そして、産業医が受診命令を出すことに賛同した場合は、本人に専門医への受診を命じることになります。
なお、受診命令は、就業規則に根拠規定がある場合はもちろんのこと、就業規則に根拠規定がない場合であっても合理的な理由があれば、発令することが可能とされています(京セラ事件)。
イ 専門医への受診を命じたにもかかわらず、本人がそれを拒否することもあります。
そのような場合、業務命令違反である以上、懲戒処分等の措置を検討することになりますが、専門医に受診するか否かは本来非常にセンシティブな問題ですので、いきなり重度の懲戒処分を行うのは不相当と考えます。まずは軽度の懲戒処分に付するのが相当だと思います。軽い懲戒処分に付した後、それでも事態が進展しない場合は、ⅰ受診命令違反の回数、ⅱ業務への支障の有無・程度、ⅲ職場環境への影響の有無・程度などを総合考慮して、更なる懲戒処分をするべきか否か検討することになります。
3 精神疾患の有無や通院歴を異動先の上司に知らせることの適否について
現在は寛解しているものの過去に精神疾患に罹っていた社員を異動させる場合、本人の同意なく異動先に罹患歴を知らせることは問題ないのでしょうか。
この点、裁判例では、労災における業務起因性の判断基準として、「業務と精神疾患の発症との相当因果関係は、このような環境由来のストレス(業務上又は業務以外の心理的負荷)と個体側の反応性、ぜい弱性(個体側の要因)を総合考慮し、業務による心理的負荷が、社会通念上客観的に見て、(略)労働者に精神疾患を発症させる程度に過重であるといえるかどうかによって判断すべきである」と判示しています(中部電力事件)。
このように、業務起因性の判断要素として「ぜい弱性(個体側の要因)」も考慮するとされていますので、当該労働者が精神疾患を発症しやすい要因を有しているかどうかについての会社の認識の有無は、会社の安全配慮義務違反の成否において重要な要素の1つになります。
現状は寛解しており、勤務配慮の必要性も特に想定されていないのであれば、精神疾患に関する健康情報がプライバシーに係るセンシティブなものですので、詳細な診療情報を異動先に知らせることは、不適切な取り扱いと評価されるおそれがあるので、控えるべきと考えます。
他方で、異動先の業務内容や現状の社員本人の健康状態に鑑み、勤務配慮の必要性があるような場合には、勤務配慮に必要な範囲で、通院歴等も含めた診療情報を異動先と共有すべきと考えます。
仮に、精神疾患に関する情報を異動先と全く共有せず、その結果、「業務に起因して」精神疾患が再発ないし増悪してしまった場合には、「本件うつ病が発症し増悪したことについて、上告人(社員)が被上告人(会社)に対して上記の情報を申告しなかったことを重視するのは相当でなく、これを上告人(社員)の責めに帰すべきものということはできない」(東芝事件)と判示されていますので、会社に安全配慮義務違反等の法的責任が問われる可能性が高いです。
したがって、当該社員の勤務配慮を行う上で必要不可欠な健康情報については、仮に社員の同意が得られなくても、異動先にきちんと伝達すべきということになります。
しかし、最も適切な労務管理のあり方は、勤務配慮のために情報共有が必要である旨をきちんと当該社員に説明し、同意を得た上で共有することだと考えます。
以上