育児休業に関する労務対応について

1 はじめに
今年の4月から、改正育児介護休業法(以下「育介法」)が段階的に施行されていきます。これにより、育児休業の取得が増えていくとともに、それに伴う労務問題が増えていくおそれがあります。
そこで、今回は、育児休業に関する実務で問題になりがちな論点を題材に致します。
2 賞与査定について
育介法は、育児休業の取得や育児時短勤務制度の利用を理由に不利益取扱いをすることを禁じています(同法10条、23条の2)。
しかし、何を持って不利益取扱いに当たるかは、解釈の問題となります。
この点、厚労省の指針(子の養育又は家族の介護を行い、又は行うこととなる労働者の職業生活と家庭生活との両立が図られるようにするために事業主が講ずべき措置に関する指針)では、賞与において不利益な算定を行うことも不利益取扱いに当たるとしています。
では、賞与算定期間中に、育児休業の取得や育児時短勤務制度の利用によって、労働日数や労働時間が減少している場合、そのことを賞与算定において考慮することは、厚労省の指針がいう賞与において不利益な算定を行うことに当たり、不利益取扱いとなるのでしょうか。働いていた場合と同一扱いにしなければ不利益取扱いと判断されるのか、それとも、働いていないことそれ自体は客観的事実である以上、金額の算定に当たりそのことを考慮してもよいのかが問題となります。
この点、指針は、育児休業した日数や育児時短勤務制度の利用により現に短縮された時間の総和に相当する日数を働かなかったものとして取り扱うことは、不利益取扱いに当たらないとしています。
つまり、育児休業の取得や育児時短勤務制度の利用により労働日数・時間が減少した場合、その減少分に応じて比例的に賞与を減額することは適法ということになります。
ただし、育児休業の取得や育児時短勤務制度の利用により、それだけで賞与が一切不支給となるような出勤率要件を設けることは、育児休業の取得や育児時短勤務制度の利用を抑制し、育児休業や育児時短勤務制度を設けた趣旨を実質的に失わせるため、不利益取扱いに該当し違法になると判例上されていますので、注意が必要です(東朋学園事件)。
3 復帰する従業員が原職以外への配置転換を希望してきた際の対応について
(1)育児休業から復帰する従業員が、復帰時に原職以外への異動を希望してくることがあります。このとき、企業としては配置転換に応じる義務はあるのでしょうか。
まず、大前提として、配置転換は企業に認められた人事権の1つである以上、従業員からの配転希望は文字どおり希望にすぎず、企業に人事権の行使を促す効果があるにすぎません。従業員から異動希望があったとしても、人事権を行使するか否かは、企業が業務上の必要性等を判断して決定することとなります。企業が業務上の必要性を判断した結果、希望どおりの配置転換をしなかったとしても、原則違法にはなりません。
また、厚労省の指針には、育児休業からの復帰に当たっては原職復帰又は原職相当職に復帰させるよう配慮するようにとの記載があるため、原職復帰が指針に沿った対応となります。
したがって、育休から復帰する従業員が原職以外への配置転換を希望してきても、企業としてはこれに応じなくても問題ないのが原則です。
ただし、次のような事情がある場合は、例外的に、配置転換に応じないと育介法に違反することになってしまうので注意が必要です。それは、原職に復帰させてしまうと、育介法に定める時間外・深夜業の就労制限に抵触してしまう場合です。以下、具体的に説明します。
育介法17条は、小学校就学前の子を養育する従業員が請求した場合、制限時間(1か月について24時間、1年について150時間)を超える時間外労働させてはならないと規定しています。
また、同法19条は、小学校就学前の子を養育する従業員が請求した場合、午後10時から午前5時までの深夜に労働させてはならないと規定しています。
つまり、育介法は、小学校就学前の子を養育する従業員から請求があった場合、時間外や深夜業について就労制限を設けているのです。
そのため、原職又は原職相当職に復帰させると、育介法に定める時間外労働や深夜業の制限に抵触してしまう場合(例えば、原職は時間外労働が1か月24時間を超えることが恒常化していたり、深夜業が前提の場合など)は、従業員の希望どおり配置転換させる必要があります(ただし、配転先まで労働者の希望どおりにする必要があるわけではありません。)。
以上のとおり、従業員が配置転換を希望する理由が、時間外労働や深夜業を避けたいという点にある場合は、配置転換に応じなければ育介法に抵触してしまうおそれがありますので、実務上の対応としては、復帰する従業員が原職以外への配置転換を希望してきた場合、まずは配置転換を希望する理由を尋ねてみる必要があります。
(2)育児休業から復帰する従業員が、賃金が減少してもよいから負荷の軽い職務へ配置転換してほしいと希望してくることもあります。
この場合は、時間外や深夜業の問題ではないので、配置転換に応じなくても育介法上の問題はありません(ただし、配置転換を希望する理由によっては、企業の負う安全配慮義務違反の問題が生じるおそれはありますので、配転を希望する理由をきちんと聞くことが実務においては肝要です。)
では、逆に、従業員の希望に応じて配置転換させる場合は、従業員の希望どおりである以上、何も注意せず漫然と配置転換しても実務上問題ないのでしょうか。もちろんそうではありません。
従業員の希望どおりなのだから問題ないだろうと、きちんと手続を踏まずに漫然と配置転換すると、後々、「意に反して配置転換され、賃金も減少されてしまった。差額を支払え。」などと従業員が前言を翻して主張してくるおそれもありますので、これを予防する必要があります。
そこで、紛争予防の観点からは、漫然と配置転換するのではなく、配置転換するに当たって当該従業員と面談を実施し、配置転換後に生じ得る不利益(賃金の減少、将来の昇進等に与える影響、就業場所の変更による通勤事情への影響等)、異動先の業務内容といったことを十分に説明し、面談記録も取っておきます。
そして、本人の自由な意思に基づく配置転換希望があったことの証拠として、同意書面を得ておきます。
以上のとおり、紛争予防の観点からは、労働者からの希望があるからといって漫然と配置転換するのではなく、手続を踏んだ上で、配置転換することが重要です。
(本記事は2022年4月当時のものです。)